従来の「歌手」から、テレビCMや雑誌のグラビアなど、ビジュアルを主体とした「モデル」型、豊満なバスト(巨乳)を売りとした「グラビアアイドル」が新たなアイドル像を形成した。「モデル」型では「3M」(宮沢りえ・観月ありさ・牧瀬里穂)がテレビCMで人気を博し、「グラビアアイドル」ではかとうれいこ、細川ふみえ、山田まりやなどが雑誌グラビアを足がかりに、テレビCMやバラエティ番組へと進出していくようになった。後半からはかつてアイドル歌手、アイドル女優を多数生み出してきたホリプロなどの大手事務所もグラビア市場に参入しグラビアアイドルが市民権を得る。
1988年頃から1993年頃にかけては、それまでの歌手活動を中心とする女性アイドルは、主に、おニャン子の系譜を継ぐCoCoを始めとする乙女塾系の台頭が目立ったものの、テレビの歌番組の衰退とともに“プロのアイドル”の時代は終わり、「アイドル冬の時代(または「アイドル氷河期」)」に入る(決定打となったのが1986年に起きた岡田有希子の自殺であるとする評論もある)。またこの時代以降若手女性タレントが自らをアイドルと名乗ることが一部を除きタブー化していった。
上述のバラドル台頭後、バラエティ番組に出演する際に体を張る、積極的にヨゴレ役になるなど、芸人並みのリアクションを見せるアイドルが増えてゆく。それまでのアイドルは基本的に「歌手」という扱いでありコントに参加することがあっても痛い目に遭う、リアクションを受けるといったことは皆無であり、それらはお笑いタレントやコメディエンヌ的要素の強い歌手(研ナオコなど)の役割であった。特に「とんねるずのみなさんのおかげです」では前述の「3M」をはじめとした人気アイドルが積極的に水被り、粉まみれ、ハリセンで叩かれるなどのイジられ行為が毎回のように行われていた。
1990年代中盤は小室哲哉プロデュースにより華原朋美や篠原涼子などのアイドルもしくはアイドル出身者(いわゆる小室ファミリー)や安室奈美恵、SPEEDなどの沖縄アクターズスクール勢などがヒットを連発した。その後R&Bやヒップホップなどのクラブミュージックと競存する形となった。
1990年代後半になるとテレビ東京の番組『ASAYAN』のオーディションにおいてデビューが決まった鈴木あみやモーニング娘。が台頭し、そのモーニング娘。を中心としたつんくプロデュースの歌手集団ハロー!プロジェクト勢が人気を得た。
CSやDVDメディアの発達により表現媒体が多様化し、それによりアイドルの性格も大きく変わる。女優、バラドル、グラビアアイドル、女子アナ、レースクイーン、スポーツタレント、チャイドル、お菓子系アイドル、女性声優、TV特撮のヒロイン、ライブアイドル、AV女優などアイドルは様々なジャンルに分散していった。
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