ルキウス・コルネリウス・スッラ・フェリクス(ラテン語: Lucius Cornelius Sulla Felix, 紀元前138年 - 紀元前78年)は、共和政ローマ期の軍人・政治家。単にスッラと呼ばれることが多いが、「ll」を無視してスラと表記されることも多い。
貴族階層の出身者として閥族派(オプティマテス)の指導者となり、かつて自らも仕えた民衆派(ポプラレス)の指導者ガイウス・マリウスと激しい内戦を繰り広げた。マリウスの病死によって民衆派が動揺するとこれを突いてキンナ、小マリウスら主な政敵を葬って民衆派を粛清、更に独裁官としてスッラ体制とも言うべき強固な閥族派の政権を作り上げた。
スッラによって築き上げられた体制はローマの共和制に最後の安定をもたらしたが、マリウスの義理の甥であるガイウス・ユリウス・カエサルによって閥族派は倒され、更にその大甥に当たるアウグストゥスによって共和制ローマは終焉を迎えた。
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