業界用語wikiでアナタも今日から業界人!

慶應義塾マンドリンクラブとは?

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
クラシック音楽


作曲家
----
----
音楽史
古代 - 中世
ルネサンス - バロック
古典派 - ロマン派
近代 - 現代
楽器
鍵盤楽器 - 弦楽器
木管楽器 - 金管楽器
打楽器 - 声楽
一覧
作曲家 - 曲名
交響曲 - ピアノ協奏曲
ピアノソナタ
ヴァイオリン協奏曲
ヴァイオリンソナタ
チェロ協奏曲
フルート協奏曲
弦楽四重奏曲 - オペラ
指揮者 - 演奏家
オーケストラ - 室内楽団
音楽理論/用語
音楽理論 - 演奏記号
演奏形態
器楽 - 声楽
宗教音楽
イベント
音楽祭
メタ
ポータル - プロジェクト
カテゴリ

慶應義塾マンドリンクラブ1910年に田中常彦ら慶應義塾大学の有志の学生によって創立されたマンドリンオーケストラ2010年に創部100周年を迎える。

活動

明治30年代に慶應義塾において既に活動をしていた体育会に続き、文化団体(英語倶楽部、パレット倶楽部、ワグネル・ソサエティーなど)が創設され始めた。 そうした背景の中で、田中常彦をはじめとする塾生有志によって、慶應義塾マンドリンクラブは誕生、活動を開始した。

創立から2年後の1912年5月25日、横浜バンジョークラブを組織していたオーストラリア人のジョン・ゴーマンの後押しとマネジメントにより、横浜バンジョーズとの合同という形で、フェリス和英女学校 ヴァン・スカイック・ホールにて第1回の演奏会を開催した(KMC 約10名、YB 4名)。当時の入場料は1円、この時の団体名はプログラム表記が英語の為「KEIO MANDOLIN GUITAR BAND」としている。 しかし、同年6月23日の第2回以降長らく「慶應義塾マンドリン倶楽部」「慶応マンドリン倶楽部」という表記をしている。

結成以後、宮田政夫による指導のもとで活動を行い、規模の拡大を進めていった。 1929年6月には宮田の後継として、以後70余年もの間常任指揮者として活動することとなる服部正を指揮者として活動を始める。ラジオ体操第一の作曲者としても知られる服部正は以後、当時マンドリン界において演奏されることの少なかったオーケストラ楽曲のマンドリンオーケストラ向け編曲や、ミュージカル・ファンタジー群の演奏への挑戦など、部に大きな影響を与えた。

戦時中は活動を休止し、それに伴う低迷期を迎えるが、戦後、慶應義塾一貫教育校にもマンドリンクラブは誕生し、(高等学校(塾高)女子高等学校志木高等学校中等部の4校にマンドリンクラブが現在も存在する(高等学校(塾高)女子高等学校の2校は合同)。

一貫校の繁栄に伴い、大学も1950年代に100名を越す大編成マンドリンオーケストラにまで成長し、それまでのマンドリンオーケストラには見られなかった、ミュージカル・ファンタジー群というジャンルへの挑戦もなされた。

1957年の第79回 定期演奏会 から1984年の第133回 定期演奏会 まで、昼夜2回公演。 1968年 第100回記念 定期演奏会 を開催。

また、国内外への演奏旅行も活発に行っており、記録が残っているものだけでも1913(大正2)年から現在まで、約380回を数える。 1963年以降はアメリカ(全7回)、オーストラリア、マレーシア、台湾への海外演奏旅行を実現。 1983年、マレーシアはクアラルンプールにおいて、マハティール首相夫妻を招いて演奏会を開催(鳥居泰彦(後の塾長)がホストとして首相夫妻をご案内)。当時の険悪な日本―マレーシア関係を大いに和ませ、民間外交の役割も担った。

こうした活動の一方で1980年代後半から1990年代にかけては、部員数が減少する時期も存在し、クラブ自体の存続も危ぶまれることもあったが、2000年代以降は概ね毎年部員100名を越え安定した活動を行っている。

現在の年間活動は5月(年度により6月)と12月に行う2度の定期演奏会、8月に早稲田大学マンドリン楽部と合同で行う「早慶ジョイントマンドリンコンサート」、10月に一貫教育校および大学、OBの各マンドリンクラブが一堂に会する「ALL KMC CONCERT」、の計4回の演奏会である。

指揮者はクラブOBを常任指揮者として招いており、現在ははOBの久保光司。12月の定期演奏会には客演指揮者として小林幸人を迎えている。 過去には、上記の服部正の他、小穴雄一が常任指揮を務めた。

音楽観

慶應義塾マンドリンクラブの選曲の傾向として、マンドリンオーケストラのために作曲された曲だけでなく、ヴァイオリンオーケストラのために作曲された曲の編曲ものを取り上げることが多い。近年では交響曲をプログラムに取り上げることも増えてきている。 これは打楽器や木管楽器などのパートを自前で抱えているためであり、他のマンドリンオーケストラとは一線を画した特徴であるといえよう。

外部リンク

慶應義塾

大学・大学院 | 
慶應義塾大学 | 湘南藤沢キャンパス


高等学校 | 
慶應義塾高等学校 | 慶應義塾女子高等学校 | 慶應義塾志木高等学校 | 慶應義塾ニューヨーク学院 | 慶應義塾湘南藤沢高等部


中学校 | 
慶應義塾普通部 | 慶應義塾中等部 | 慶應義塾湘南藤沢中等部


小学校 | 
慶應義塾幼稚舎 | 慶應義塾横浜初等部


各種学校 | 
慶應義塾外国語学校


関係校・廃止校・併合学校 | 
慶應義塾医学所 | 京都集書院 | 高島学校 | 立志学舎 | 高山歯科医学院 | 三菱商業学校 | 専修学校 (旧制) | 亮天社 | 神戸商業講習所 | 簿記講習所 | 耕余義塾 | 三田英学校 | 慶應義塾獣医畜産専門学校 | 慶應義塾看護短期大学 | 藤原工業大学 | 共立薬科大学


関連施設・研究所 | 
慶應義塾の建造物 | 斯道文庫 | 尊王舎 | 慶應義塾大学病院 | 日吉寮 | 慶應義塾図書館・旧館 | 三田演説館 | 三田大講堂 | 慶應義塾大学月が瀬リハビリテーションセンター | 萬来舎 | K2タウンキャンパス | 慶應義塾大学先端生命科学研究所 | 慶應義塾大学東アジア研究所 | 大学院経営管理研究科 | メディアデザイン研究科 | メディアコミュニケーション研究所 | 管理工学研究所


文化・学術 | 
慶應義塾評議員会 | 東洋議政会 | 時事新報 | 独立党 | 興亜会 | 帝国軍人援護会 | 慶應義塾大学経済学部ハイド賞 | 三田祭 | 三田文学 | 水上瀧太郎賞 | 三田文学新人賞 | 慶應医学賞 | 明六社 | 交詢社 | 理財科 | 支那語科 | 経済新人会 | 慶應工学会 | 三田会 | 民間雑誌 | 志摩三商会 | 三田評論 | 日吉台地下壕 | テイクオフラリー | 環太平洋産業連関分析学会 | 日本精神分析学会 | エリーカ


学校歌 | 
ダッシュケイオウ | 突撃のテーマ | 若き血


関連項目・倶楽部活動 | 
慶應義塾大学の人物一覧 | 慶應義塾の三藩 | 慶應義塾大学出版会 | 慶應仲通り | 三田通り | 文銭堂本舗 | 三田俳句会 | 慶應チャレンジャー国際テニストーナメント | 慶應義塾体育会野球部 | 慶應義塾體育會蹴球部 | 慶應義塾体育会端艇部 | 慶應義塾体育会ソッカー部 | 慶應義塾マンドリンクラブ | 慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団 | 慶應塾生新聞 | VOLUMEONE | 東日本医科学生総合体育大会 | 慶應義塾體育會バスケットボール部ユニコーンズ | 東京六大学 | 慶應義塾長


源流 | 
適塾 | 進脩館 | 象山書院


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
出典:wikipedia
2012/05/24 08:43

慶應義塾マンドリンクラブスレッド一覧

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「慶應義塾マンドリンクラブ」のスレッドを作成する
このページ
友達に教える
URLをコピー
業界用語wikiへ戻る
お問い合せ
(C)業界用語wiki.