日本の放送業界では1950年代中頃より「低俗な放送内容」が欧米を中心として問題となり、イギリスで1962年に出された、ピルキントン委員会報告書にある「よいテレビ放送の三大要素」の指摘(以下記述)が、「今なお妥当性を失わない見識」として位置付けられている。無論これはラジオにも適用されるものとされている。
1.番組の企画と内容は可能なかぎり広い範囲の題材の中から選択するという大衆の権利を尊重するものでなければならない。
2.題材のこの広い範囲のあらゆる部分で質の高いアプローチとプレゼンテーションがなされなければならない。
3.これは何よりも重要なことであるが、テレビという強力なメディアに従事する人々はテレビには価値や道徳規準に影響を及ぼす力があり、また、すべての人びとの生活を豊かにする能力があることを十分意識しなければならない。放送事業者は、大衆のさなざまな好みや態度に注意を払い、それらを知っていなければならない。同時に、それらを変化させ成長させていく力があることを自覚し、その意味で指針を大衆に示すようにしなければならない。
つまり番組の制作とは「題材」「質」「人」であり、特に「人」の問題は強調されるべきものであるが 、日本では法廷闘争を恐れるあまり、この本質的な3つの関係に特に深く鑑みることなく、1980年代後半から、言葉や表現の表面的な規制のみが過剰に行われたと言われている。
この時期を象徴するような例としては、「奴隷」、「下人」などの史実語をその使用目的のいかんを問わず禁止する(景山民夫の回想では、「屯田兵」なども対象になっていた)、ごく普通に用いられる言葉でも、使い方によっては問題となるものは徹底して規制する、例えば「狂う」という言葉を極端に嫌い、「時計が狂っていた」というセリフを消音、素人出演の生放送番組で、素人ゲストが職業を聞かれて「百姓です」と答えたところ、リポーターが慌てて「ちょっと不適切な表現があった」と釈明する、いわゆる「四つ(指)」とは全く無関係なちあきなおみの『四つのお願い』の放送見合わせといった規制が繰り返された。
なおこの動きは、制作したものをそのまま発売するのが普通であったビデオソフトなどにも波及し、問題になりそうなセリフ部分を消音・音声処理した上で発売するといったケースが増えた。
当時、この動きは日本社会全体の動きであり、こういった過剰規制は、世論を反映したものであったわけであるが、前述のように、差別、侮蔑などの問題の本質と向き合わず、以前よりある差別語、侮蔑語のみを「初めからないもの」として、表面的に回避することは、新たな差別、侮蔑語を生み出す、あるいは汎用の言葉の組み合わせにより、新たなかたちの差別を生む結果につながる恐れがある。例えば「めくらはめくらでも可能な範囲で~」という表現を「目の見えない方は目の見えない方でも可能な範囲で~」としたところで、本質的に全く変わりはない。
この問題点が指摘、反省され、過剰な規制の動きが沈静化するまでにはかなりの期間を要した。
2003年(平成15年)7月25日、日本放送協会(NHK)制作「プロジェクトX~挑戦者たち~」内差別発言(「東京ドーム・奇跡のエアー作戦」の中で「士農工商、テント屋」という言葉が放送された)問題について、部落解放同盟中央本部とNHKとの最終的な話し合いが持たれ、NHKが「NHKの放送番組における差別表現について。」という回答文書を提出した。この回答にあたり、当時の出田編成局長が代表して、「ある言葉を使うか否かにのみ走らないようにしたい。」「社会に対する放送の役割、人材育成も含め、さまざまな番組の実現に努力したい。」と決意表明を行い合意決着した。ここにいわゆる「言葉狩り」に対する否定的結論が出され「放送内容との関係を第一とした各言葉の規制」という方向性が再確認された。
しかし現実問題として日本語の場合、具体的に対象となる言葉や表現が非常に多いこと、日本の場合、欧米にあるような基本となる文化的概念が希薄であり、「利益衡量」基準により表現の適、不適が判断されることなどから、2008年(平成20年)、NHKはその新放送ガイドラインに「放送の用字・用語・発音は、「NHK新用字用語辞典」「NHKことばのハンドブック」および「NHK日本語発音アクセント辞典」に準拠する。」と明記、NHKの放送は「限定した放送用語とその用法」により行うものとし、民放各社も概ねこれに追従した。
さらに今日、日本では相次ぐ放送局の不祥事、放送用語とその用法を逆手に取り、肝心の内容が下品、卑猥な感じのものとなってしまっている、いわば挑戦的な番組内容に対する視聴者からの反発の声が強く、2009年(平成21年)9月、放送倫理・番組向上機構(BPO)はついに、従来、規制の緩かった「娯楽番組」(特にバラエティ)についても強い規制の方向を示した。
そして2009年(平成21年)9月22日、内藤正光総務副大臣は民主党が新設を公約している「通信・放送委員会」(日本版FCC)について発言、「原則としてBPOに任せたい。」とした上で2011年(平成23年)の通常国会にその設置法案を提出、放送による人権侵害などの被害が深刻化しかねない場合には緊急に対応できる権限を持たせたい意向を明らかにした。独立行政法人ではあるが、この法案が可決されると、行政が直接、放送番組内容を規制できることになり、戦後日本の放送が最重視してきた根本は崩れ、再び国家による表現の規制が開始されることになる。
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