東京都歌(とうきょうとか)とは東京都の都道府県民歌である。3番まである行進曲風の歌で、1・2・3番ともに「大東京 きょうもあけゆく」で終わる。作詞作曲はともに公募、補作は深尾須磨子、編曲は高田三郎、再編は内藤清五である。2011年(平成23年)に東京都議会本会議の前座として歌われたことがある。しかし東京マラソンの開会式で君が代は歌われたが東京都歌は歌われなかったなど、都のイベントや式典であまり歌われない歌である。東京都歌だけでなく1926年(大正15年)に制定された東京市歌も都の歌として認められている。
1943年(昭和18年)、東京都制の施行により、東京府と東京市は廃止され、新しく東京都ができた。しかし当時は太平洋戦争の最中だったため、大正15年に制定された東京市歌はあったが新しく東京都の歌を作る余裕はなかった。敗戦後の1946年(昭和21年)10月になって、都歌制定審査委員が任命された。委員長を小宮豊隆とする同委員会はまず歌詞を全国紙で公募し、選定した。敗戦後ということもあり、同委員会の選定に加えてGHQの検閲も行われた。そうして歌詞を決めたあとで曲を歌詞と同じ様に公募した。曲の選考は同委員会の信時潔と橋本國彦が主となって担当した。同年4月に当選作が新聞発表され、同年4月19日には日比谷公会堂で記念演奏会が開かれた。当初は柴田睦陸が歌う予定だったが、病気のため変更され、中山悌一が歌った。
戦後まもなく作詞作曲された東京都歌は現代に合わないので、戦後60年の節目に、元は作家である石原慎太郎東京都知事が新しい都の歌を作ってはどうか、という質問が2005年(平成17年)に都議会でなされたことがある。これに対し石原知事は東京音頭や東京ラプソディのようにうまく作らないとそしられる、としながらも、自分を含め大いに公募してできた新しい都の歌で日本中から人がくるという試みを前向きに検討する、と答えた。
「東京都歌」のスレッドを作成する
友達に教える
URLをコピー
業界用語wikiへ戻る
お問い合せ