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銀座とは?

明治時代

銀座煉瓦街のミニチュア(江戸東京博物館)

銀座に転機が訪れたのは、明治維新後の1869年1872年に起こった2度の大火だった。特に、1872年の銀座大火は和田倉門内の兵部省添屋敷から出火し、銀座一円が焼失するという大規模なものであった。そこで、東京府知事由利公正の主導により、大規模な区画整理と、トーマス・ウォートルス設計によるジョージアン様式銀座煉瓦街の建設が行われた。この政策は、火事の多かった東京を不燃都市化すること、また同年秋に開業予定だった横浜東京間を結ぶ鉄道の終点・新橋駅と、当時の東日本経済の中心地であった日本橋の間に位置する銀座を文明開化の象徴的な街にしたい、との思惑があったとされる。煉瓦街はまず1873年銀座通り沿いに完成し、1877年に全街区の建設が完了した。

しかし、その一方で、住民たちは自らの住所に帰ることができなかった。煉瓦街の整理後も煉瓦家屋の払下げ価格が高価なうえに支払い条件が厳しく、多くの住民たちは銀座を後にせざるを得なかった。かわりに、他の地区で成功を収め、煉瓦街に進出してきた商人たちが銀座の表通りで商売を始めた。現在、「銀座の老舗」とされている店の多くは、それ以降に進出してきた店である。

こうして新しく出発した銀座には2つの特色があった。まず、実用品小売を中心とした町であったこと。そして、京橋区という下町にありながら、顧客は主に山の手(番町市谷赤坂麻布など)に住む華族財閥といった特権階級(上流階級)や、中産階級ホワイトカラーの人々だったということである。当時の下町の人々の盛り場は、古くから栄えた浅草上野だった。一方、明治維新後に東京へ出てきた人々は、同じく明治に入って急速な発展を遂げた銀座に集うようになり、こうした地方出身者と中産階級の増加に伴って、銀座も発展をしていった。

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出典:wikipedia
2012/05/20 11:41

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